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タナカハルナカノハカ田中玄宰の墓

会津藩家老で三代の藩主に仕えた名宰相が眠ります・・・

会津藩家老で三代の藩主に仕えた名宰相。34歳で家老に任じられた際、会津藩は天明の大飢饉でした。玄宰は藩主容頌に領民の救済と藩政の改革を願い出たが受け入れられず、一時病と称して辞職。その間兵学や経済について研究し、一年後復権の際に藩政の大改革「天明の改革」を提言し大きな成果をあげました。また、藩校「日新館」を創設、会津藩が文武ともに天下の雄藩となる基礎を築きました。会津藩樺太出兵の最中、61歳でこの世を去りました。「わが骨は鶴ヶ城と日新館の見えるところに埋めよ」と遺言し、墓はそれらの見渡せる小田山の山頂にあります。

基本情報

アクセス路線バス「花見ヶ丘」下車、徒歩20分

※情報が変更されている場合があります。最新情報は各公式サイト等をご確認ください。

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