行きたいリスト
新選組の足跡をたどる
最後まで幕府とともに戦った男達の歴史ロマンに想いを馳せる
幕末騒乱が続く京都の警護を任せられた会津藩と新選組。伏見の戦いで敗走の後も会津・箱館に転戦し最後まで闘いぬいた。
斬首となった新選組局長・近藤勇の墓など会津に残る新選組の足跡をたどる旅。
全行程:4時間
START
*会津若松駅からタクシーで約15分。路線バスですとバス停「若松駅前」乗車、「郵便局前」乗り換え(「坂下」行き⇒乗車)「黒川」下車徒歩で約20分です。
*お車の場合は近くに専用の駐車場はありませんので、ご注意ください。
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如来堂

斎藤一を隊長とする会津新選組死闘の地
  • 如来堂
新選組殉難の地。母成峠の戦いに敗れた後も、会津に留まることを決意した斎藤一らは、如来堂に立てこもり、城下に進出した新政府軍と激しい戦いを繰り広げました。
*バス停「黒川」乗車「七日町駅前」下車、徒歩1分の場所にあります。
*お車の場合はJR七日町駅近くにある駐車場「七日町浪漫デッキ」をご利用ください。
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斎藤一の墓

最後は会津藩士として生きた新選組三番隊長
  • 斎藤一の墓
新選組三番隊長として活躍。斎藤一、山口次郎、一戸伝八と次々に改名し最後は会津藩士、藤田五郎と名乗りました。戊辰戦争では隊員を率いて白河城の攻防戦や母成峠の戦いと会津藩と行動をともにし大いに活躍しました。戊辰戦争後は斗南へ移り会津藩士と苦労を共にしました。
その後、松平容保の知遇を得て名門300石の高木小十郎の娘、時尾と結婚、元家老の佐川官兵衛、山川浩が下仲人、本仲人は松平容保という待遇を得ました。明治へ入り警視庁へ奉職、西南戦争にも参戦しました。大正4年(1915)9月28日、71歳で天寿を全うし遺言により阿弥陀寺に永眠しました。
*阿弥陀寺から歩いて約2分の場所にあります。
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ほしばん絵ろうそく店

絵付け体験も可能な会津藩御用達の老舗
  • ほしばん絵ろうそく店
安永元年(1772年)創業の会津藩御用達の老舗です。鮮やかな色合いが美しい、絵ろうそくの専門店です。菊や牡丹など絵柄は手描きで、親子代々、伝統の技が現代に受け継がれてきています。店内には工房があり、絵付けの体験も可能です。(※要予約。)自分だけのオリジナルの作品を作って、記念品にしたり、お土産にも最適です。製作の工程を見学だけでもOKです。
「ほしばん絵ろうそく店」さんから徒歩1分です。
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会津新選組記念館

時代の空気を感じさせる空間
  • 会津新選組記念館
新選組ゆかりの七日町通りにある、明治22年築の店蔵を利用して建造。会津藩や新選組の資料をはじめ、来援した旧幕府軍・奥羽越列藩同盟軍、来攻した新政府軍等の貴重な資料が盛りだくさんです。
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七日町通り

情緒あふれるレトロな通りを散策しよう
  • 七日町通り
毎月七の日に市が立ったのが名前の由来。藩政時代、会津若松の西の玄関口として賑わった通りで、現在も蔵造りの店や洋館などが通りに軒を連ねるレトロな街並み。
*残念ながら現在はあったことを示す看板のみが残ります。白木屋漆器店さんの道向かいです。
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清水屋旅館跡

新選組副長土方歳三や吉田松陰等が宿泊した宿の跡
  • 清水屋旅館跡
宇都宮城をめぐる攻防で足を負傷した土方歳三は、会津藩士秋月登之助が手配した当時格式の高かったこの宿屋に宿泊し、治療しました。このほか、1852年に吉田松陰が東北紀行の途中に宿泊しています。また、明治には自由民権運動家の宇田成一が官憲に襲われる、清水屋事件が起きています。現在は大東銀行会津支店となっています。
七日町エリアから周遊バス「ハイカラさん」使用、「奴郎(やろう)ヶ前」バス停下車。天寧寺方面へ歩き、徒歩約20分の場所にあります。少々山道となりますので、歩きやすい服装と靴でお出かけください。
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天寧寺・近藤勇の墓

新選組局長_近藤勇の墓がひっそりと佇む
  • 天寧寺・近藤勇の墓
天寧寺(てんねいじ)の裏手の墓地には新選組局長_近藤勇の墓があります。土方歳三が遺髪等を持ち込み会津滞在の折、この場所に仮埋葬したといわれます。4月25日の近藤勇の命日には、墓前祭が開催されます。
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近藤勇の墓

天寧寺本堂から山中へ進むこと約15分
  • 近藤勇の墓
途中から山道的になるので歩きやすい服装と靴でケガ等のないように参拝ください。
徒歩20分
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手作り体験ひろば番匠

近くにきたので…「赤べこ」の絵付け体験が出来ます!
  • 手作り体験ひろば番匠
会津を代表する張り子民芸品「赤べこ」の製造元。赤べこの絵付けが体験できるのは貴重な体験。他にも会津天神さま、会津切り絵などの体験もできます。館内で直売している赤べこのいろいろグッズを旅の想い出にどうぞ。
GOAL