平成22年3月21日(日)春分の日
長い冬に終わりを告げ、春の彼岸入りとともに、ことしも獅子舞が街にやってきます。 三体の獅子が笛と太鼓の音色に合わせ、古式ゆかしい舞をみせながら市内を練り歩きます。豊作と家内安全を祈り、春の訪れを喜び合う会津の伝統行事です。ことしは市内6ヶ所で公演します。
じっくりと獅子舞をご覧ください。
| 3月21日(日)春分の日 | ||
| 公演場所 | 時間 | 獅子団名 |
|---|---|---|
| 鶴ヶ城本丸 [ 地図 ] |
10:30 | 天寧獅子団 |
| 七日町通り 阿弥陀寺 [ 地図 ] |
12:00 | |
| 本町通り コープ本町駐車場内 [ 地図 ] |
13:00 | 小松獅子団 |
| 市役所通り 市役所本庁舎前 [ 地図 ] |
13:30 | |
| 神明通り リオンドール前 [ 地図 ] |
14:10 | |
| 大町通り 会津信用金庫駅前支店駐車場内 [ 地図 ] |
15:30 | |
※雨や雪の日は中止になる場合があります。鶴ヶ城については雨天時、武徳殿になります。
●獅子団の構成
太夫獅子1体・雌獅子1体・雄獅子1体・弊舞小僧1人・御弓持1人・棒持1人・笛吹3人・小太鼓/計12人(獅子団によっては構成が若干変更になります)
●獅子舞の曲
庭入・山おろし・単場かくし・雌獅子かくし・太夫舞・弓舞・棒舞・大桐・岡崎・袖舞・弊舞・雌獅子舞・通り笛・三ツ笛・打込・とわり舞・のめり舞・のめり小杉・ばち舞など24曲。
普通は庭入・山おろしなど5曲ほどで20分〜30分ぐらい。
会津彼岸獅子の由来
会津彼岸獅子は、天喜四年(西暦1056年)前九年の役に源義家が安倍貞任を征討の際、士卒の戦死者を弔い、士気を鼓舞するため、従軍の兵卒に笛太鼓の勇壮な調子に合わせて舞をさせたのが起源で、当時は木彫の獅子頭をかぶって踊ったと言われています。
今でも木流村にある頭はその類であるが、現在のものは大体張子になりました。
今から約400年(天正二年・西暦1574年)前、会津一円に悪疫が流行し死者数知れぬ惨禍があった時に、主な社寺に獅子舞を奉納し平癒を祈願したところ次第に終息したと言う。
折しも春彼岸であったために彼岸獅子と呼ぶようになったと伝えられています。
寛永二十年(西暦1643年)に保科正之公が出羽の国「最上」(今の山形県)から会津藩主として移封された時、獅子を先頭にして若松城に入城し、大いに士気を鼓舞したと伝えられています。
また、戊辰の役(西暦1868年)のこと、日光口の総督「山川大蔵」が帰城する際、小松の獅子団を先頭に大楽団を組織し、威風堂々と銃列を敷く敵中を行進して城中に入るという話はあまりにも有名です。
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